6月 25, 2017

ほんとうにたくさんの人が死ぬ。
生まれる人もたくさんいるのに、 
そのことを忘れそうになる。
どこかでひとり生まれたからといって、
だれかが死んでいいということにはならない。
でも、人はかならず死ぬということについては、
ひとつの例外もない。

こんなことを書いているぼくも死ぬし、
「そうだな、イトイもそのうち死ぬな」
と読んでいるあなたもやがてはかならず死ぬ。
そういう意味では、みんなみんなおなじだ。

お墓の前で泣かないでくださいという歌があった。
そこにわたしはいません、ということばが続く。
あらま、亡くなった人がいない場所で、
ぼくらは祈ったり泣いたりしてきたのか。
そう言われても困るとかも思ったし、
たしかにそうかもしれないとも思う。

ではどこにいるのかと考えたくもなるのだけれど、
どこにいようがいるまいが、かまわない。

その人が生きたせいで、ここにあるもの。
そいつが、生き続けているのだ。

こどもがいたら、こどもはまさしくそういう存在だ。
その人が買ったもの、つくったもの、書いたもの、
その人が語ったことば、怒ったもの、悲しんだもの、
その人が抱きしめたもの、その人が育んだもの、
その人が別れたもの、その人が歩いた道、
その人が吸った空気、その人が祈ったこと、
すべて、そのまま、その人が死んだからといって
いっぺんに消えたわけではない。
そして、ものも、ことばも、場所も、思いも、
その人が死んだあとも、続きを生きている。

それを「あの人は生きている」と、言っていいと思う。
お墓にいようがいるまいが、どこでも続きをやっている。 
ぼくが死んでも、そうなると思うと、なんだかうれしい。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
生きているうちは、じぶんがじぶんの続きをやっている。

その人が生きたせいで、ここにあるもの
ほぼ日刊イトイ新聞 今日のダーリン 2017/6/25(Sun)
6月 5, 2017

これは、何度も人には話したし、
「ほぼ日」でも言ったこともあるんですけれど、
また、いま伝えたくなっちゃったので、また書きますね。

まず、この話を書いたのは、柳家小三治さんでした。
小三治さんが、つきあいのある古今亭志ん朝さんから
聞いたという話なんです。
志ん朝さんが、父である古今亭志ん生さんに訊きました。
「おとうちゃん、落語をおもしろくするのには、
どうすればいいんだい?」
すると、志ん生さんは、こう答えたのだそうです。
「おもしろくしねぇことだ」。
志ん朝さんは、そうかぁと思わされたわけです。
で、それを小三治さんに言って、
小三治さんも、そうかぁと考えさせられた、と。

どうやっておもしろくするか、ではなくて、
「おもしろくしよう」ということを、しない。
わかったようで、わからないことなのですが、
ずっとそのことをこころのどこかに置いておくと、
ちょっとずつ、わかったような気になってきます。

応用編も、いっぱいあると思うんです。
「どうしたら、モテるようになりますか?」
「モテようとしねぇことだ」
どうでしょう、その方面の方、そんな気もしませんか。
「どうしたら、もうかるようになりますか?」
「もうけようとしねぇことだ」
まさか、そんな‥‥という反応もありそうですね。
「モテようモテようとしねぇことだ」
「もうけようもうけようとしねぇことだ」
と、ちょっとテーマを強調したらどうでしょうか。
「おもしろくしようおもしろくしようとしねぇことだ」
というのと同じですよね。

どうして「おもしろくしよう」と思うのか。
「モテよう」と「もうけよう」と思ったのだろうか。
なんか、そこのところを問い返されているんじゃないか。
どうも、ぼくにはそんなふうに思えるんですよね。
「もともとの目的は、そこだったのかい?」と、ね。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
どうして、それを問題にしたのか、そう答えたのかが大事。

「どうしたら、落語がおもしろくなりますか?」
ほぼ日刊イトイ新聞 今日のダーリン 2017/6/5(Mon)
12月 9, 2016
ストーン・リング
【(95) Stone Sculpture】
ストーン・リング
(95) Stone Sculpture

(出典: jp.pinterest.com)

12月 4, 2016

毎日、感情にまかせて、
言いたい書きたいということを探してみたら、
きっと、だれかに文句を言いたいとか、
こういうことに腹が立ったとか、
こんなこと言われたけど、それはちがうぞ、とか、
そういうことばかりになってしまうのではないか。
そんな気もする。

たいていの人は、毎日、
だれかに誤解もされてるし、
なにかしら望まぬことをしているし、
思うようにならないことに泣きそうになるし、
じぶんとちがうルールの人が目に入るし、
そういうことをことばにして、
吐き出してみたいという気持ちを持っていると思う。
ぼくは、そんなのぜーんぜんありましぇーん‥‥って、
それはうそで、ありますよ、ぼくも。

でも、せっかく人が集まってくれて、
いわば、見えない焚き火にあたりながらさ、
お茶でも飲んでいるような場面で、
「聞いてくれ、あいつが憎らしいんだ!」
なんてそれぞれが言い合っていたら、
なにかいいことでもあるかい、ないよなぁ。
そう思って落ち着くわけだ、大人はね。

せっかく! ここにこうして集まっているわけだから、
しかも、わざわざやってきてくれるのは、
「ちょっとでいいから、いい時間を過ごしたい」と、
たのしみにしているようなことだと思うから、
ぼくも、そういう場をつくっていられるようにしたい。
まぁ、バーや喫茶店のマスターが、
人の悪口やら、文句ばかり言ってたらいやだもんなぁ。
ずいぶん昔に、ある大人気の俳優さんが、
「衛生無害」だとか皮肉られていたけれど、
衛生無害で人の役に立っていること山ほどあるよね。
「毒がある」とかがほめ言葉だった時代だけど、
その安い毒が自家中毒起こすこともあるからなー。
「ほぼ日」は「いい時間だった」と思ってもらえるように 
真剣も冗談も平凡も、ミックスしてお出ししています。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
「TOBICHI2」の雲がうまれるさん、たのしくやってるよー。

「毒がある」より「衛生無害」
ほぼ日刊イトイ新聞 今日のダーリン 2016/12/4(Sun)
11月 25, 2016
11月 6, 2016
11月 2, 2016
10月 22, 2016
サルバドール・ダラテ
【Salvador Dalatte | Bored Panda】
サルバドール・ダラテ
Salvador Dalatte | Bored Panda

(出典: boredpanda.com)

10月 20, 2016